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Artist

MARIA TERESA VERA Y RAFAEL ZEQUEIRA

Title

EL LEGENDARIO DUO DE LA TROVA CUBANA



Japanese Title 国内未発売
Date 1916-1924
Label TUMBAO TCD-090(EP)
CD Release 1998
Rating ★★★★★
Availability ◆◆◆


Review

 以前はスイス、現在はスペインが発売元だが、詳細な連絡先や企画者の名まえがどこにもクレジットされていない謎のレーベル、トゥンバオ'TUMBAO'は、1991年以来、1930年代から50年代なかばごろまでのキューバ音楽の古典を中心に、驚くほどのハイペースでCD復刻をしてきた。ニューヨークにおける40年代後半からのマンボ創世期の音源の復刻にも力を注いでいる。
 しかも、たんに貴重な音源の復刻というにとどまらず、アルバムごとに編集意図がしっかりしている点を評価したい。これまでのラテン系音楽のCDといえば、見栄えのしないジャケットに、データもろくに掲載していないケースが大半だったため、気の利いたジャケットで、録音データと英語解説(ときにスペイン語のみの場合も)が付いているというのは、リスナーにはありがたいかぎり。トゥンバオ・レーベルの登場によって、これまでキューバ音楽の歴史が塗り替えられたといってもいい過ぎではない。

 2002年4月までに少なくとも120枚以上リリースされたトゥンバオ盤のなかでも、もっとも古く、かつ貴重な音源の復刻といえるのが本盤である。
 マリア・テレーサ・ベラは、キューバのポピュラー音楽黎明期を代表する女性トローバ歌手。トローバとは、かつて宗主国であったスペイン起源のカンショーン、クリオージャ、クラーベなどの音楽をひっくるめての呼称である。

 1868年以来つづいた独立闘争の末、1902年、アメリカ合衆国の協力を得て、ついにスペインから独立をはたしたキューバであったが、代わってアメリカ資本が爆発的に流入し、キューバはアメリカの半ば植民地状態に置かれることとなった。没落した農民は仕事を求めてハバナなどの都市部へ流入し、ぼう大な数にのぼる貧困層を生んだ。1895年生まれのマリア・テレーサ・ベラもまた、家族とともに地方から都市へと移住してきたひとりであった。

 ハバナでは、シンド・ガラーイやマヌエル・コローナといったトロバドール(吟遊詩人)たちが生活の糧を得るために、曲を作っては、ギターを手に夜の街で歌っていた。日本でいうところの“流し”である。幼い日から歌の才能に恵まれていた彼女は、16歳のときにはトロバドール仲間のあいだでは、すでに知られる存在だったという。

 彼女のファースト・レコーディングは、1914年、19歳のときで、ラファエル・セケーラとのデュエットでおこなっている。セケーラとのコンビによるレコーディングは、セケーラが亡くなる24年までに193曲に及ぶという。

 マリア・テレーサが若くして成功した要因は、もちろん彼女の才能もあっただろうが、それと同時に、作曲家マヌエル・コローナのサポートに負うところが大きい。コローナは、彼女に多くの楽曲を提供したのみならず、レコーディングにさいしては、ギターが弾けなかったセケーラに代わってセカンド・ギターとコーラスを受け持った。

 当時、トロバドールたちのあいだでは、だれかが曲を作ると、その曲調をもじったり、詞をパロったりして応酬するコントロベルシア、いわゆる歌合戦がふつうにおこなわれていた。コローナは歌合戦の達人として知られ、本盤に収録されているルンバ'RESURRECCION DE PAPA MONTERO' は、エンリケ・ブリヨンが作ったヒット曲'PAPA MONTERO' のアンサー・ソングであり、クリオージャ'EXTRACTO DE ALFONSA' にいたっては、みずから作った'ALFONSA' へのアンサー・ソングであった。解説には、それぞれの歌詞を同時に歌ってポリフォニーのような効果を生みだしたとあるが、ここでは確認できなかった。エステル・ボルハは、56年のアルバム『キューバの歌』(ボンバ BOM303)の冒頭に収められた「私はあなたが嫌い〜あなたは私が嫌い?」で2つの古典曲を自身の多重録音による複重唱で歌っている。いずれにしても、このようなパロディの応酬のなかから、キューバ音楽は世界でも飛び抜けて洗練されたポピュラー音楽として醸造されていったといえそうだ。

 1916年から24年までの20曲からなる本盤中、5曲がルンバだが、ここでのルンバとは、歌とパーカッションのみによるアフリカ起源の民俗的なルンバではないし、30年代にレクォーナ・キューバン・ボーイズなどが世界中に広めたソンの別称としてのルンバでもない。ギターを掻き鳴らして歌う形態はスペインのフラメンコの影響とみられ、キューバでは、もとは大衆演芸場で滑稽劇の終盤近くに演者たちが歌っていたとされる。

 また、20年代半ばにセステート・アバネーロらによって、キューバで爆発的に広まったソンのもっとも古い音源を聴くことができる。スペイン的な要素とアフリカ的な要素とがブレンドされて生まれたのがソンであるが、後年のセステートによるソンの演奏とくらべると、スペイン的な要素がつよい。

 なお、マリア・テレーサは、セケーラの死後、26年にセステート・アバネーロに対抗して、ミゲリート・ガルシーアやイグナシオ・ピニェイロらとともにセステート・オクシデンテを結成する。かれらの演奏は、"YO NO TUMBO CANA"(TUMBAO TCD-087)のタイトルで、トゥンバオから単独リリースされている。内容は悪くないものの、このグループでマリア・テレーサの才能が十分に生かしきれているとはいいがたい。オクシデンテは短命に終わり、メンバーだったピニェイロは、セステート・ナシオナールを結成し、キューバを代表するグループになった。
 ちなみに米国アーフーリーからソン黎明期のグループの演奏を集めた編集盤"SEXTETOS CUBANOS"の第2集"SONES-VOL.2(ARHOOLIE CD-7006(US))にオクシデンテの演奏が6曲収録されているが、残念ながら"YO NO TUMBO CANA"未収録曲はない。

 いっぽう、マリア・テレーサは、36年から彼女が引退する62年まで、ロス・コンパドレスのロレンソ・イエレスイェーロとデュオをつづけた。晩年に近い50年代後半の録音は、'LA EMBAJADORA DE LA CANCION DE ANTANO'(EGREM CD0033)'VEINTE ANOS'(EGREM CD0056)で聴くことができる。ダンサ、アバネーラ、ワルツからソンまで、その多彩なレパートリーは、キューバ音楽の歴史そのままを生きてきた彼女ならではの味わい深い名唱である。
 ちなみに、後者は現在クバナイから発売されている米国盤"EXITOS ORIGINALES" (KUBANEY 022991)、それにかつて発売されていた『伝説のマリア・テレサ・ベラ』(ボンバ BOM115)と曲順こそちがえまったく同一内容。ジャケットのよさと訳詞がついている点でボンバ盤を推したいところだが残念ながら入手不可。
 いっぽう、このクバナイ音源に新たに伴奏を追加して現代風に蘇らせたリマスタリング盤が『マリア・テレサ・ベラ・リバイバル』(オーマガトキ OMCX-1066)である。モノクロ映画に彩色を施すのに似て、彼女の音楽の持ち味を殺してしまっているようで、あまりおすすめはできない。

 それならむしろマリア・テレーサが病気のため引退したのを機に、代表曲のひとつ'VEINTE ANOS' にちなんでイエレスイェーロを中心の結成されたトリオ・ヴェインテ・アーニョスが、彼女のレパートリーをとりあげた62年の録音"LA CANCIONES DE MARIA TERESA VERA"(EGREM CD0366(Cuba))のほうがおすすめ。トロバドールとしてはじまった彼女の原点に還ったかのようなギター2本にクラベスのシンプルな編成で哀愁たっぷりの歌声をじっくりと聴かせてくれる。隠れた名演といえよう。

 ついでにもう1枚、95年にスペインのヌーベネグラからリリースされたトリビュート・アルバム"A MARIA TERESA VERA"(NUBENEGRA NN1.009(EP))
についても紹介しておこう。このアルバムにはキューバとスペインのミュージシャン10組が参加している。目玉はなんといってもロレンソの弟レイナルドと妹カリダード・イエレスイェーロによる'LOS FUNERALE DE PAPA MONTERO' オマーラ・ポルトゥオンド'YA NO PUEDO AMARTE'の2曲。あとはハッキリいってつまらない(というより感情過多で気持ち悪い)。オマーラのほうは同レーベルからリリースされた"PALABRAS"((DISCO CARAMBA CRACD-206(JP))の日本盤にボーナス・トラックとして入っていたから、よほどのマニアでないかぎりとくに買う必要もなかろう。

 オマーラといえば、彼女の代表作"BUENA VISTA SOCIAL CLUB PRESENTS OMATA PORTUONDO"(WORLD CIRCUIT 79603-2)で、マリア・テレサの'HE PERDIDO CONTIGO''VEINTO ANOS' の2曲を歌っている。マリア・テレーサの遺業を継ぐのは彼女であることが実感できる名唱である。



(4.26.02)
(3.10.04加筆)


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by Tatsushi Tsukahara